こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

庄屋

   とある平日の午後、私は休息を図ろうと近所のスーパー銭湯へ足を運んだ。

 

   前日、私は仕事が終わり家に着くと、職場の先輩に勧められたウイスキーのストレートを口に含みながらテレビゲームをしていた。酔いと眼精疲労で早々に床についたらしく、いつもなら鬱々と朝を迎える私も翌朝8:30には目を覚まし、今日は休みだーと二度寝に勤しんだ。

 

   気づくと正午をまわっており、付けっ放しにしていたテレビからは北朝鮮の情勢を伝えるワイドショーの声が響く。

 

   せっかくの休日だから! と布団を飛び出してみたものの、前日の天気予報の通り空は曇天で、雨も降り出していた。

 

   こんな日はどう過ごせばいいのだろうと、カップラーメンをすすりながら一考。平日休みの友人がいない。もとより友人が少ない。買い物も新春セールで済ませていたし、出かけるためにおしゃれをするのも億劫で、近所のショッピングセンターも、都内のおでかけスポットも胸が弾まなかった。

 

   そこで浮かび上がったおでかけスポット「スーパー銭湯」は、私の欲求に実に従順なプレイスポットであった。

 

   労働(とはいえ週休3日)で酷使した目、肩、背中、腰、ふくらはぎ。全てが痛くて硬くて疲れが取れない気がしていた私は常日頃「湯で体をほぐしたい」と自らに懇願、あるいは周りの人々に提案しながら、家以外の湯にここ最近しばらくつかることなく日々を過ごしていた。

 

   訪れたスーパー銭湯は、関東最大級と謳われる入浴施設で、これまでにも何度か訪れたことがあった。最大級というだけあって、浴場や休憩所は広く、入り口ではペッパー君が「いらっしゃいませ」と微笑んでいる。

 

   何も予定がない平日休み、ひとり、雨。絶好の「スーパー銭湯日和」は今日しかない。塵をかき集めて作ったようなグレーのセーターと履き古したデニムで早速向かった。

 

   平日とはいえ客は多く、先述したペッパー君の周りではおばさま方が「こんにちは〜」と延々と話しかけている。

 

   電源が落ちているかのようにうなだれるペッパー君を横目に靴を預け、入浴券を購入。タオルや作務衣がセットの岩盤浴券も購入した。

 

   一目散に浴場へ向かった。なにせ私は目と肩と背中と腰とふくらはぎを痛めている。常日頃から湯でこれらをほぐしたいと願っていた私が真っ先に向かうは浴場しかなかった。

 

   疲れが染み付いた服を脱ぎ捨て、そそくさとシャワーを浴びる。いつもと違うシャンプーとコンディショナーで髪がごわついているものの、ウキウキとする私の足はなだらかに“湯”へと向かう。

 

   まずは「寝湯」にどっぷりと体を沈めた。

 

   石の枕に頭を預け、気持ちばかりのハンドタオルを胸に敷く。1月の外気は冷たく、突き出た胸のタオルや腹は凍えるが、手でお湯をかければ大したことなかった。

 

   「まずは」と言ったが、1時間は寝湯に浸かっていた。手や足がふやけるほど。

 

   やけに機械的な鳥のさえずりのBGMと、おばさま方の世間話に耳を傾けながら、全身の姿勢という姿勢を崩す。通勤の満員電車とは違う「眠さ」に瞼が何度も落ちかけた。

 

   「風邪ひきそう」とサウナへ向かい、突き刺すような寒気に冷えた胸と腹を温める。息をするのも嫌になるころ、フラフラとサウナを出て、シャワーを浴び、タオルをぎゅっと絞り、浴場を出た。

 

   着替えた作務衣の肌触りは、ノーパンノーブラだからかやけに心地よくて、ごわついた髪を弱風のドライヤーで乾かすとき、再び瞼が落ちかけた。

 

   このまま休憩所で眠りたい気持ちは山々だが、私にはやりたいことがある。寝湯で体をしずめていたあのときから心に決めていた“最高”を執り行わなければ。

 

   貴重品を突っ込んだバッグを背負い向かうはレストラン。食品サンプルで飾られたメニューにざっと目を通し、ノーパンノーブラすっぴんメガネで髪がごわついた私は「一人です」と店員に伝え、窓際の席に着いた。

 

   店員に麦のロックとおつまみセットを頼み、おもむろにバッグから取り出した漫画に頭を傾ける。

 

   視線は漫画に集中しているから、右手がテーブルの上を麦のロックを求め泳ぐ。ああ、これをやりたかったんだ。このシチュエーションこそが“最高”で、アルコールに身体中の組織が分解されていく感じ。お風呂上がりだからだろうか、凝固な疲労がいつもより足早にシュワっと溶ける感覚。ひまな地主になった気分で最高だ。

 

   枝豆の塩で汚れた指をナプキンで拭いながらページをめくっていると、窓の向こうはいつのまにか日が落ちていた。

 

   テーブルの端に目をやると、麦のロックのおかわりでかさばった伝票。「今日は贅沢をする日だから」ともう一杯麦を頼み、しばらく氷を鳴らしたあと、漫画をバッグに放り投げ、さらにかさばった伝票を持ちレジへ向かった。

 

   「そうだ、せっかくだから岩盤浴に入ろう」。そう思った私は一旦休憩室へ荷物を置きに向かう。

 

   磨き上げられた休憩室のフローリングで子どものようにススーと足を滑らせ、一番角の人気のないリクライニングチェアーにどうでもいいような荷物を投げ捨てる。

 

   タオルを片手にまずは50度程度の岩盤浴へ。そこへ向かう間、メガネを置きに行ったり、水を買うため財布を取りに行ったり、何度もリクライニングチェアーと岩盤浴場を往復した。酔っていたのだろう。

 

   ようやく50度程度の岩盤浴場に到着しパタリと寝そべった。むーんとした空気が鼻を抜ける。

 

   30秒も経っていなかったと思う。「ゲロでそう」という感覚に襲われ、ヒーっと岩盤浴場から飛び出した。酔いすぎていたのだろう。

 

   フラフラとリクライニングチェアーに腰を下ろし、水をがぶ飲み。漫画や雑誌が豊富な休憩所だが、今はとても読む気分じゃない。

 

   しばらく肌寒い休憩所でバスタオルにもぐり、目をつぶって横たわっているうちに回復。「そうだ」と思い出し、持参したアボカドパックで保湿をしながら、「ガッテン」の立川志の輔眞鍋かをりのやりとりをぼーっと眺めた。

 

 

   そろそろ20時。明日は仕事。アルコールが抜けきったころ身支度を始める。そういえば、レストランで酔いどれにチャーハンも頼んだっけ。帰ったら寝るだけだな。帰りの車中で窮屈に肩をすくめあくびをした。ああ、もう湯で体をほぐしたい。