こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

伝説の回

小さい頃、緊張したり焦ったりすると、お股がムズムズした。そのムズムズが手の先や頭のてっぺんに届くと、体が浮くような感覚がする。

 

着替えが遅くて体育の授業に間に合わなそうなとき、お母さんに嘘がバレそうなとき、夕焼け小焼けのチャイムを過ぎて日が暮れる中、家に帰るとき、心臓がドキドキして目に涙が溜まるのに、その感覚は嫌じゃなかった。

 

だから、わざとギリギリになってから教室を移動したり、最後まで砂場に居続けたりして、無理にその感覚を盛り上げようとした。でも、先生やお母さんの機嫌を損ねるだけで、思い通りにムズムズさせることはできなかった。

 

ある日の昼休み、中庭でクラスの女の子数人と「はないちもんめ」をしていたら、飼育小屋の前でボール遊びをしていたナラ君が「まぜろ」と言って無理やり入ってきた。

 

ナラ君はちょっと意地悪な男の子。無差別に人を殴ったり、「ブス」と言ったりするから苦手な子が多い。私も入学早々、下駄箱で靴を履いているときに顔面にボールを投げられたことがあるから、苦手というより怖かった。

 

「飼育小屋の前でボール遊びしちゃいけないんだよ」と怒るサツキちゃんの声を無視して、相手チームの真ん中に無理やり割り込むナラ君。「女子だけで遊ぶの!」「校庭に行って!」とブーイングが起こり、私も周りの声に紛らせながら「帰って!」と声を上げてみたけど、ナラ君はニヤニヤしたまま動かない。それでも無理やり追い出すほどの勇気はみんな無くて、仕方なくはないちもんめを始めた。

 

「勝ってうれしいはないちもんめ」「負けてくやしいはないちもんめ」と足を上げたあと、チームごとに丸まって誰を仲間にするか相談する。私たちのチームは悩んだ末、ナラ君を指名することにした。苦手だけど、仲間になれば心強いといったところだろうか。

 

再び手を繋ぎ、私たちは声をそろえて「おナラ君が欲しい!」と叫んだ。みんなが吹き出し、ナラ君が顔を真っ赤にする。しばらくして笑いがおさまった後、相手チームも「せーの!」と声をそろえた。


「かえでちゃんが欲しい!」


完全に予想外の指名。気の強いサツキちゃんが指名されるだろうとたかをくくっていた。チームのみんなが「よかった」といった様子で肩を撫で下ろし、「頑張って!」とぽかんとしている私を前に押し出す。

 

耳まで赤くしたナラ君が目の前にいる。お股がムズムズした。ボールを投げられたときの顔の痛みを思い出して、心臓が痛いくらいにドキドキするのに、お母さんに怒られるより100倍怖くて目に涙が溜まるのに、ムズムズが手の先や頭のてっぺんに届いて、少し気持ちいい。

 

「じゃーんけーん」という声が中庭に響き、「ぽん!」に合わせて右手を前に出した。私の力の抜けたパーの先に、ナラ君の力を込めたグーがあった。

 

「……かえでちゃんが勝ったー!」


敵味方ともに、胴上げをする勢いで私のもとにみんなが駆け寄る。「後出しだ!」と怒るナラ君の声は、「すごい!」「かっこいい!」と私をたたえる声にかき消された。

 

このはないちもんめは伝説の回としてクラスで語られた。それが1週間もたたずして忘れられてしまったことより、私はあのときを超えるお股のムズムズがないことを寂しがった。