下妻物語
「好きな映画は何?」と聞かれると、「下妻物語」と答える。もっとすばらしい作品は他にもたくさんあるはずなのに。
「下妻物語」は、父と弟と私の3人暮らしが始まってすぐのころに上映された映画で、3人で劇場へ足を運んで見に行った映画2本のうちのひとつ。ちなみに3人で初めて見た映画は何か覚えていない。「3人で出かける」という初めての状況に頭がいっぱいいっぱいで、映画の内容など入ってこなかったのだ。
そのときはたしか、映画館へ向かう道中からすでに、おそらくみんなが滅入っていた。家族の会話というものにあまり積極的ではなかった父が、運転しながら何かを一生懸命に話していて、だけど私たちは上手に返せず、沈黙する時間が多々あった。だから上映中、私は場内が明るくなった後の表情の具合や、話題の手数ばかりを気にしていた。
上映後、感動で目を真っ赤にした父と、純粋に楽しんだ弟と、悩んだあげくの微笑を浮かべた私で、映画館の隣にある居酒屋で夜ごはんを食べたことは、はっきり覚えている。父は家族との外食を避けてきた人だから、中学生の私と小学生の弟にカクテルを頼んだり、料理を頼みすぎたりと、不慣れのフルコンボを決めていた。
父は今回をきっかけに、「これから3人で仲良くやっていこう」と伝えたかったのかもしれない。そうとは言わずとも、父の態度から何となく感じ取ってしまったから、「これお酒だよ」とは言えなかった。弟は「なんかこれうまーい!」と言ってゴクゴクと飲酒をしているし、父はそれを見て「うんうん」みたいな顔をしているから、店員さんも何も言えなかったのだと思う。
これを皮切りに、3人でよく出かけるようになった。初めてファミリーレストランに行ったときは、私が彼氏とのメールに夢中だったせいで父が激怒し、携帯を逆パカされた。ロブスターを食べに行ったときは私の体に湿疹ができてしまい、病院へ行ったらロブスターアレルギーと診断されて、父に「何やってんの」とキレられた。
お母さんを誘って4人でドライブしたときは、父が「この車は家族で出かけるために買ったんだ、それなのにお前が出て行って……」などと、ブツブツ嫌味を言いながら運転していた。以降、お母さんは父と会わなかった。
今までずっと一緒に暮らしてきたはずなのに得体の知れない父が、こうしてじょじょに浮き彫りになっていった。空回りする父の癇癪についていけず、親子の絆はあまり深まらなかった。
そんな中、テレビで「下妻物語」の予告CMが流れるようになると、父はまた「3人でこれを見に行こう」と提案した。あまり興味が湧かないし、口の中にカクテルの甘苦い味がよみがえったけど、「これから3人で仲良くやっていこう」というあの日の父の思いを汲んで、「わかった」と頷いた。
劇場に向かう車中は、やっぱり何を話せばいいのかわからなかった。場内が明るくなった後の表情を前夜からシミュレーションしていたから、少し寝不足だった。だけど、スクリーンいっぱいのジャスコとキャベツと牛久大仏が、そんな杞憂を消し去ってしまった。
主人公・桃子の親父は同情の余地がないほどのダメな親父。母はそんな親父に愛想を尽かし、不倫相手と駆け落ちしてしまった。どうしようもない大人たちを見て育った桃子は、"気持ち良ければオッケーなロココ精神"を宿し、幼少期から自己中心的に生きている。
そんな桃子の前に、地元でイキることに命を燃やす、アツくてダサいイチコが現れ、桃子の生きる術ともいえる"腐った心根"をかき乱す。互いの好きを分かり合えずに衝突し、だけど互いの好きを守るために一緒に戦う、そんな友情物語だった。
私はその物語の軸となる「好きを貫く難しさ」や「チグハグな友情」より、桃子の不幸が極彩色で描かれる最低なコントラストに、目眩がするほど魅力されてしまった。情けないのにド派手に彩られた不幸が大スクリーンで映し出されていて、観客たちがそれを見て笑っている。その笑い声はまるで私たちを笑って許してくれているようで、気持ちよくなって泣いちゃったのだ。
その日の私は、たまたまコンディションが悪かっただけかもしれない。この前、酔っ払って我を失った父に「みんなで死のう!」と包丁を突きつけられたから、気分がおかしかったのかもしれない。幸せな家族を形成できない父の葛藤に、私たちは今まさに巻き込まれていて、疲れている。だから父も泣いているんだ。
父が「お前はお母さんそっくりだ」と怒って、私の制服をハサミで切り刻んだとき、私たち親子は不幸だと感じた。落ちるところまで落ちたときの景色はけばけばしかった。そのとき、幸せだった4人暮らしの日々がモノクロになった。だけど映画の不幸はカラフルで、幸せは華やかだ。
桃子に「人は一人じゃ生きられないなんて だったら私は人じゃなくていい ミジンコでいい 寄り添わなきゃ生きられない人間よりも ずっとずっと自立してるもの」と言われて、もっともっと涙が出る。どこかへ逃げてしまえばいいのに、不幸な父がかわいそうで、それができない私はミジンコだ。
不幸をみんなが笑ってる。この色なら、かわいそうが面白く見えるのかな。情けないが愛おしく映るのかな。今はまだできないけど、不幸を好きな色に染めて、幸せを華やかに色付けたい。そんなことを考えている自分がダサくてキモくて、気持ちよかった。
父は上映後、「桃子とイチコの友情が最高だった」と言って泣いていた。やっぱこいつとは一生分かり合えないな死んじまえと思いながらも、父の泣き腫らした顔を見て笑ってしまった。
その後、「下妻物語」は3人の共通言語になった。数週間後にまた3人で劇場へ見に行ったり、原作者の嶽本野ばらの本を買ったり、桃子とイチコのフィギュアを買ったり、牛久大仏を見に行ったりした。そして私たち親子は、「下妻物語」のおかげで何にもならなかった。
人生は映画のように痛快ではなかった。つらいことはただつらくて、なるようになり、今も3人はどこかで勝手に生きている。3人暮らしは映画とは切り離された世界で、不幸以外の何物でもなかった。
ただその不幸は、こうして書くことで、好きに染めることで、許せることもある。私の人生という物語の軸は、あのときの私をカラフルな不幸で魅了した「下妻物語」にあるから、私は不幸を愛している。誰も笑っていなくても、私が笑えればそれでいい。気持ちいい。だから好き。
── それがどんなに非常識な生き方だとしても 幸せならいいじゃん 気持ち良ければオッケーじゃん ロココの精神は 私にこう教えてくれました
