スーパーで買った1000円の巨峰が酸っぱかったから──。一つの動機で目的を「おいしい巨峰」に定め、山梨県へと車を走らせた私たち。
山間の高速道路で前途多難な雨に降られても、朝から何も食べていないおなかが空いても、機嫌を損ねたりPAに寄り道したりすることなくアクセルを踏み続けたら、みずみずしい町にたどり着く。
「いくつかの直売所や農協をまわって、おいしい巨峰を手に入れよう」
「気になるごはん屋さんで、山梨県らしいものを食べよう」
最初に寄ったJAフルーツ農協で30%オフの巨峰を手に入れ、空腹のあまりJAフルーツ農協の隣のデイリーヤマザキでパンを買って食べてしまう私たち。
到着してすぐに目的を果たし、山梨県らしくないもので小腹を満たしてしまった。
「どうする?」「どこ行く?」「おなかは?」「食べられる」「ここのお店は?」「14時ラストオーダーだから終わってるよ」「……どうする?」
JAフルーツ農協の駐車場で、先週を想起させる冴えない会話が交わされる。
桃、ほうとう、信玄餅、甲州牛、忍野八海、鳥もつ煮……山梨県らしいものが浮かんでは消えていった余波だろうか、私たちは市営温泉へと向かった。
天丼がおいしそうだったから──。一つの動機で山梨県まで来た私たちだから、一つの動機で市営温泉に併設された食堂の天丼を食べに行く。
私たちは風呂上がりの周囲から浮いていたけど、食堂がオールドな店構えをしていたから居心地は悪くなかった。何より腹が減ったから、気にならなかった。
同居人は穴子天丼。私はぶどうの皮を練り込んだ冷やしほうとうともつ煮のセット。歳による胃もたれで同居人の顔が曇った。抜けがけした私の顔と山梨県の空が晴れ渡った。
家に帰って、1200円の巨峰を一粒食べた同居人が一言、「酸っぱい」。私も一粒もらって一言、「ほんとだ、酸っぱい」。おいしい巨峰はどこにある。台風は今、どこにいる。