こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

食べログ構文

腹をすかせた私と同居人が店に入ったとき、エプロンを付けた老夫婦は客席でお昼のワイドショーが流れるテレビを見ていた。

「あぁ、いらっしゃいませ」老婦は視線を私たちに移すと、テーブルに広がっている紙をまとめた。老夫はのっそと立ち上がり、厨房へと引っ込んでいく。

まとめた紙から1枚引き抜くと、「これに注文したいものを書いてくださいね」と言って、くもったグラスに水を注ぐ老婦。壁に貼られた紙には、うどん、ラーメン、そば。大中小でおおまかに値段が分かれている。

私たちはじっくりと悩んだ末、注文票と思しき紙に「中 うどん、中 ラーメン」と書き、老夫婦がいる厨房に届けた。この店における注文票は、よく見るとカレンダーの裏紙だった。

店内の壁や棚には、石材店のカレンダーや色褪せた民芸品、演歌歌手らしき女性と撮った老夫婦の写真。前から気になっていた近所のうどん屋さんの全貌が明らかになっていくとともに、くつろぎを感じる。

「お待ちどうさま」老婦がガタガタと音をたてながら運んだ2品を見て、二人の目がきらきらと光った。どちらも本格的な手打ち麺であることが一目でわかる。

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私たちは一口食べると、「んん〜!」と感嘆の声をもらし目と目を合わせた。「営業中」の幟を見るたびに、「こんな辺鄙なところでやっていけるのかね」と心配していたことが恥ずかしい。ものすごくおいしい。

うどんは歯を弾き返すほどコシが強く、のどごしが良い。ラーメンは黄金色のスープに手打ち麺がよく絡み、鼻に抜ける刻み長ネギの香りが素朴で懐かしい。

ネットに口コミや写真がないから行きづらいと、スーパーで買った3食うどんを湯がいている場合ではなかった。同居人と何度も「期待はしないように」と示し合わせてからのれんをくぐったことを老夫婦に謝罪したい。

口から麺を数本垂らしたまま、横目で厨房を見やると、老夫婦はこちらに構うことなくテレビの続きを見ていた。この謝意は、通い続けることで伝えていこう。

生まれてから今まで、30年間暮らしているこの町にも、知らない店はまだまだたくさんある。好奇心とおなかを満たす1品は、意外とすぐ近くにあるのかもしれない──そう予感させる1軒だった。