こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

滅多にない東京での積雪のニュースや、窓越しに見える雪の舞に心が躍った。シャウエンと躍った。手を取り合って躍った。

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そんなのって毎年大雪に見舞われる地域で暮らしている人々からしたら、のんきでサイテーかもしれない。だけど、雪の恐ろしさを全く知らないわけではない。

今から約9年前の豪雪の日、私は同居人の仕事の手伝いで、朝早くから茨城県に向かっていた。雪の予報を知っていたから、キャラバンにスタッドレスタイヤを履いて、下道をひた走っていた。

県をまたぐごとに降雪が凄みを増し、注意や警戒を伝えるラジオアナウンサーの語気が強まる。しかし、車内に緊迫感は漂わない。なぜなら私と同居人は雪に慣れていない。

雪見酒であたたまる夫婦のごとく、「すごいねえ」「スタッドレス履いてて良かったねえ」「そうだねえ」とのんきに構え、目の前の光景を受け流す。初めての豪雪は、私たちにとって見世物だった。

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成人式に出席している友達から、「雪やばいウケる」と鼻を赤くした振袖姿の写真が届くころ、集合場所に到着した。田んぼや家、山のでこぼこが雪で均された茨城県は、まさに銀世界だった。

前乗りしていた従業員たちと落ち合う同居人の隣で、購入したばかりのiPhone5に雪景色の写真を収めた。ホットコーヒーを飲み終えると、各自がキャラバンやトラックに乗り込み現場へと向かう。

仕事モードに切り替えた同居人と、助手席でナビ係を務める私。ぼたん雪が降りしきり、キャラバンのフロントガラスにまとわりつく。タイヤが雪を踏むたびに、手袋代わりの軍手がダッシュボードの上で転がる。

出発してから数分後、集落の横のちょっとした坂道を下ったときだった。凍結した路面でタイヤが滑り、側道の木にフロントバンパーが追突した。鈍い音のあと、ルーフに降り積もっていた雪の落下音が追いつくようにして聞こえた。

顔が青ざめる同居人と、「あわあわ、あわあわ、あわあわ」と喚き散らす私。幸いけがや故障はなく、すぐに抜け出したが、同居人は方々に「ダメだ、中止にしよう」と電話をかけまくった。

再び集合場所に集合し、みんなが宿泊場所を手配したり、チェーンを調達するためカー用品店に片っ端から電話をかけたりしている。そんな忙しない雰囲気を横目に、私は本日をもって死を迎える覚悟を決めていた。

同居人が「明日仕事があるから、今日中に東京に帰んなきゃ」と言っているのだ。泊まればいいのに。仕事なんて休めばいいのに。チェーンを履いたところで、スリップしないとは限らない。この雪はさらに強まると、ラジオアナウンサーが懸命に伝えている。

もしも、交通量の多い幹線道路でスリップしたら──横転したキャラバンは大型トラックを2、3台巻き込み、私たちは首やら何やら大事なところを打ち付け、引きずられ、死ぬだろう。……うわあ。

万が一軽症でも、この寒さでは救急車が到着する前に凍え死ぬかもしれない。いやいや、自分たちは無事でも人を巻き込むかも。スタッドレスタイヤの上にチェーンを履いたキャラバンは、「ホント気を付けて」と従業員たちに見送られながら、東京へと向かって出発した。

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スリップのトラウマを植え付けられた私たちはシートに浅く座り、時速20キロで走るキャラバンの無事を祈る。車内に氷を砕くチェーンの音が響いても心は休まらない。キャラバンを先頭に渋滞が発生しても気にならない。早くここから逃げ出したい。

タイヤが滑るたび、心の中で「もうだめだーっ……!」と叫ぶけど、声には出さない。ハンドルを抱えるようにして握る同居人に、心理的負荷はかけられない。今日一日座っていただけの体に、筋肉痛の兆しが見える。

出発から約5時間後、雪が落ちきったフロントガラスに見慣れた街並みの景色が流れた。とうに日は沈んでいて、街には明かりが灯っている。それまで助手席で寝てはいけない教えを守り続けていた私だけど、安堵に包まれ眠りに落ちた。

行きは3時間程度だった道のりを、6時間かけて帰った。朝から何も食べていないことに気付かないほど、「無事に帰る」ことに集中していた。一つのケースにすぎないけど、雪の恐ろしさを知った。思い知った。

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それなのに今日、私は滅多にない東京での積雪のニュースや、窓越しに見える雪の舞に心が躍った。シャウエンと躍った。手を取り合って躍った。

あのときの恐怖をまざまざと思い出せるのに、降雪が自身の生活や仕事、命に関わらないとなれば、のんきでサイテーになってしまう私。雪より恐ろしいかもしれない。