こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

なんてことはない

早寝早起きの練習を始めてから、日記を書く時間を見つけられないでいる。

この1週間は、おばあちゃんと出かけたり、他には何もなかったりと、まあそれなりにいろいろとあった。書くことはたくさんあるような、ないような。

そんな1週間を総括する今日の日記は、なんてことはない出来事を。1週間のなかでもとびっきりの、なんてことはない出来事を。

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同居人と私は今日、近所の中華料理店……というよりは、中華レストランといったほうがよさそうな店で昼食をとった。店員さん……というよりは、ウェイターさんといったほうがよさそうな男性が案内する席に、控えめに腰を下ろした。

刺繍が施されたベロア地のソファ、厚みのあるテーブルクロス、高い天井──。窓の外は見慣れた景色だけど、張り詰めた空気が、食器の音が、高級な気分を盛り立てる。

私たちがおどおどと頼んだ「飲茶ランチコース」は、それはそれはおいしくて、それはそれは上品だった。記念日でも何でもない日に、思いつきで、いつもの回転寿司をやめて、色とりどりの点心を口に運ぶことになった昼下がりは、とても贅沢だった。

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しめのデザートは、黒蜜と烏龍茶のシロップを垂らした杏仁豆腐だった。それぞれを絡めるようにしてスプーンですくい、口に運ぶ。舌と上顎ですり潰すと、ねっとりとした香りが鼻に抜けた。点心で満たされた胃袋に、爽やかな甘みが落とされていく。

テーブルの向かいの同居人も、同じように杏仁豆腐をすくっては運び、すり潰している。スプーンの上で踊る杏仁豆腐が、目にもみずみずしさを伝えた。私たちは飛沫防止のパーテーション越しに視線を交わし、「うん、うん」と満足に頷いた。

ガラスの器の底が見え始めたころ、なんてことはない出来事は起きた。その時、窓の外で鳥たちが一斉に飛び立ったわけでも、ウェイターが手を滑らせ、皿を落としたわけでもない。ただ、静かに、ゆるやかに、同居人のスプーンから杏仁豆腐が滑り落ちそうになった。

私はたまたま見ていた。「はっ」と小さな声をあげた同居人の顔を。こぼれ落ちそうな白いゼラチン質を追うように、右往左往する右腕を。揺れを見事に吸収する、岡持ち付きのバイクのような上体を。

スプーンの先端で震える一口に、「ちゅるっ」と食らいつく唇と目が合った。「んっ?」同居人がゼラチン質をゆっくりとすり潰しながら、「……どした?」口をニチャっと開けて、目を丸くする。

いや、そんな……。落ちそうな杏仁豆腐を、目を剥いてまでして追わなくても。その一口のために、今日、今、ここで、小さなスプーン片手に、酔拳の型を初披露しなくても。杏仁豆腐は、器に落ちるだけなのに。

「だから……いや、そんな……」言い直そうとすると、脳裏にドランク・モンキーの見事な型が再生される。何でかちょっと腹が立つのに、腹の底から笑いが沸々と湧き上がり、こみ上げてきて止まらない。

「んっ、どした?(ニコッ)」じゃないんだよ、岡持ちが、一口の杏仁豆腐を運んでいたんだよ。追い打ちをかけるように、「うん、うん」同居人が頷く。違う、やめて。

「いや、だから……杏仁豆腐を……」噴出する笑いをこらえればこらえるほど腹がひきつる。「そんな必死に、追いかけなくても……ひっ、ひぃ」息も絶え絶え、どうにか伝えようと酔拳の型を真似ると、目に涙がにじむ。

ようやく理解した同居人の耳がみるみる赤くなり、肩がふるふる、ふるふると震え始める。「だって、杏仁豆腐が……ひっ、ひひぃ……」悶えながらテーブルに突っ伏した同居人が、ガラスの器をかたかたと鳴らす。

刺繍が施されたベロア地のソファ、厚みのあるテーブルクロス、高い天井、初披露の酔拳──。張り詰めた空気が、食器の音が、2人の笑いを盛り立てる。

「だって……だってさ……ひ、ひひ、いひぃぃ……」「だめ、ちょほんと、やめ……あひ、あひひ、あひぃ……」

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なんてことはない。今思い返してみても、何がどうしてそこまで面白かったのか、全くわからない。だけどその時、私たちは残った杏仁豆腐を前に、文字通り腹を抱えることしかできなかった。

疲れた。笑って疲れた。今日はいつもよりも早く眠れそうなのに、なんてことはない出来事を日記を書いていたら、いつもよりも深く夜を更かしてしまった。日記を書く時間はまだ見つけられそうにない。