私、泳げるらしい。
カナヅチと思い込み、地に足が着かない状況、すなわち水泳という無理難題を避けて32年間を生きてきたけれど、どうやら違うらしい。
数カ月前、私は腰痛予防と体形維持のため市民プールに通い始めた。専用レーンで大きな水しぶきをあげる中高年を横目に、水中を一途に闊歩し続けた。
買ったはいいけど使わないゴーグルを、スイミングキャップに食い込ませる日々。まあまあ疲れたけど、ヘトヘトには疲れていない消毒液くさい体。もしも、泳げたら──。
つのる思いは突然に、今夜、水しぶきとなって昇華した。「泳ぎ方、教えてやんよ!」と息巻く同行者指導のもと、平泳ぎと背泳ぎを練習したら泳げてしまった。息継ぎはまだできないけど、同行者より「うまい」らしい。
どうやら私は知らなかった。手足の動き、力の加減、タイミング。お菓子作りと同じで、泳ぎのレシピに忠実に、「えへへわかんない」とヘラヘラせずに従えば、それなりに泳げることを。
どうしよう、人生が変わっちゃう。泳げることを、楽しいことを体が覚えてしまった。
ごめんね。小学時代のプールの時間、みんながクロールの練習をしているあいだ、いつも一緒にプールサイドでバタ足の練習をさせられていたアキちゃん。みんなが水底に潜って宝探しをしているあいだ、ともに「顔……水……怖い」とビート板を握りしめる仲だったミズコシくん。
私、25メートルを2回泳ぎ切っちゃった……。鼻に水が入ると痛いし、耳のなかがゴロゴロしていて変だけど、プール上がりのカレーライス、おいしかったんだ。今はヘトヘトの体がベッドに沈んじゃって……おやすみ。