こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

ひかりちゃん家

外を歩いていると、いろいろな、とってもくだらないことを思い出す。

例えば夕暮れ時の、「○○団地」と呼ばれる住宅街で、造りが少し古い家を見たとき。小学時代の同級生・栗林ひかりちゃん(仮名)の家を思い出す。

小学時代ほど、気安く人の家に遊びに行くことはないと思う。同じクラスで、通学路が一緒だからというだけで、仲が良くも悪くもないひかりちゃんの家に一度だけ遊びに行った。

その日、夕方のチャイムが鳴るまでの1時間をひかりちゃん家で過ごすために、全速力で家に帰った。「ひかりちゃんって?」と聞くお母さんにランドセルを渡して、「同じクラスの、あっちの坂のほうの家の子!」と早口で説明して家を出た。

「佐藤」「田中」「鈴木」──ひかりちゃん家へと続く、いろいろな名字の表札が掲げられた家の前の坂道を走って登る。酸素を切らした頭に、クラスメイトの佐藤くんや田中さん、担任の鈴木先生の顔が浮かんだ。坂の手前にあった蕎麦屋「おおむら」は、私のひいばあちゃんの名字。

佐藤くんと田中さんは隣町に住んでいるし、鈴木先生は学校にバスで通っていると国語の授業のときに話していた。さっきの「佐藤」「田中」「鈴木」の家は、それぞれの親戚の家だろう。蕎麦屋の「おおむら」はきっと、ひいばあちゃんの親戚の店。ということは、私の親戚の店。

同じ名字の人は、みんなが把握していないだけで親戚だと思っていた私は、栗林ひかりちゃんの家にしかない「栗林」の表札を見て、少しだけさみしい気持ちになった。もっと他の町の、もっと他の家の前を通って、「栗林」の表札を見つけられたら、ひかりちゃんに教えてあげたら喜ぶだろうと考えながら、呼び鈴を鳴らした。


ひかりちゃんの家は、白壁に黒いヒビが何本も入っていて、軒先にはヤクルトの回収箱が置いてあった。2階の出窓には地球儀があって、レースとピンク色のカーテンがかかっている。メガネが似合うひかりちゃんらしい家だと思った。

登下校中によく「うちは共働きだから」と、首に下げた鍵を見せてくれるひかりちゃん家の中には、ひかりちゃんしかいなかった。坂には煌々としたオレンジ色が差し込んでいたのに、カーテンを閉め切ったひかりちゃん家のリビングは青白い色をしている。


ひかりちゃんはお父さんのパソコンの電源を勝手に入れて、PostPetのモモを見せてくれた。一つの椅子に二つのお尻を寄せ合って5分くらい見るだけ見たら、ひかりちゃんが2階から持ってきた漫画雑誌を読む。ひかりちゃんは『なかよし』派だった。

食器棚の引き出しを開けたひかりちゃんが、「やば、おやつがない」と言うから、ひかりちゃん家の台所で目玉焼きを作ることになった。ひかりちゃんに「焦げたフライパンは水を入れて火にかけるといいよ」と教えてもらいながら作った目玉焼きは、全然焦げていない。ひかりちゃんは、目玉焼きにケチャップ派だった。

夕焼けのチャイムが鳴り、「またね」と言ってひかりちゃん家を出ると、ちょうど帰ってきたひかりちゃんのお母さんに会った。たまに道で見かけるヤクルトレディの服装じゃないから、新鮮な気持ちになる。「また来てね」と手を振るひかりちゃんのお母さんに、「はい、おじゃましました」と頭を下げ、坂を下った。ひかりちゃんとは仲が良くも悪くもなかった。

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明日も外を歩くから、またいろいろな、とってもくだらないことを思い出しそう。しばらくは、昔話ばかりになりそう。