こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

志村けんが死んだから

父からLINEが来た。「志村けんが死んじゃった」と。

返信しづらい内容ばかり送りつけてくる父からのLINE。正月というめでたい日にお金の話や義理人情論を熱く語り、お通夜にした父からのLINE。あれ以降、顔を合わせていない父からのLINE。

いつもだったら一日置いてから返信するなり、既読スルーしてしまうのに、寝ぼけまなこの私はこの衝撃的な訃報に「ショックすぎる」と一言、すぐに返信してしまった。


わが家にとっての志村けんは「志村けんのバカ殿様」で、バカ殿といえば弟の大好きな番組だった。年に数回の放送日はリビングに集まって、いくつになってもバカ殿で爆笑する弟を微笑ましく見守るのがお決まりで。

小学校高学年になって携帯電話を持たされた弟は、覚えたばかりのインターネットで志村けんライブドアブログを見つけ、「犬飼ってるみたい」とか「お酒好きなんだよ」といった志村けん情報を私によく教えてくれた。

ある日の夕食後、弟にブログのコメント欄を教えてあげると、「何て書こう」と一生懸命考えて、「バカ殿が好きです。応援してます」と書き込んでいた。弟は、次の日も、その次の日も、自分の書いたコメントを恥ずかしそうに何度も読み返していた。

 

だから今日は、志村けんの訃報を見るたび、そんなことを思い出して、胸がぎゅうっと締め付けられた。誰かの悲しみの声を目にする度、今、どこで何をしているかよくわからない弟のことが気になった。

私は、父からついた変なヒヨコのスタンプに、「弟の電話番号わかる?」と送り返した。するとすぐに「出やしない」という弟の番号が返ってきて、私はその番号に「志村けん、死んじゃったね」とショートメールを送った。

 

人の死をとっかかりにするなんてどうかしていて、世界はきっとそれどころじゃないのに、「テレビで一番最初に好きになった人だった」という弟からのすかした返信で、頑なな私の何かが心地よく溶け出してしまった。うちに居候しておきながら黙って出て行ったこと、一言謝ってくれたっていいのに、ちょっとだけどうでもよくなってしまった。

 

志村けんが死んだから、あの頃を思い出して、志村けんが死んだから、誰かのことを気にかけて。そんなありきたりな、ちゃんちゃらおかしい移ろいで、私は救われてしまった。

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