こんなもんです

中卒女が今さらなことに驚いたり学んだりする日々をだらだらと記録しています。唐突に気持ち悪い話や思い出話をします。

ただそれだけ

採血をする看護師に何度も「大丈夫……?」と声をかけられながらも、無事に健康診断を終えた午後。家に着くなり寝巻きに着替え、疲労と達成感に満ちた体をじっくりと布団に落とした。

目が覚めたのは、もうあと30分くらいしたら同居人のワクチン接種の付き添いで家を出る時間。 スマホを見ると、2時間くらい前に届いた母からのメールの通知があった。

ねばっこい目をこすり、手紙のマークをタップすると、物々しい言葉が並ぶ文面が目に飛び込んだ。さっきまで見ていた心地よい夢の内容が薄れていく。

そろそろ歯を磨いたり着替えたりしないといけない時間だけれど、3回読み返したところでため息とともに体が深く沈んだ。多分、お母さんは陰謀論というものに夢中になっている。


5分遅れで家を出て、接種会場へと車を走らせた。道中、同居人は私に何度も「まあ、本当のことは誰もわからないから」と慰めるように声をかけた。

私は「ワクチンを打たないでほしい」と懇願する母からのメールが頭にこびりついて、窓の外を見やることしかできない。私が鼻で笑っていたことに、母は傾倒している。ただそれだけ。それだけなのに、鼻の奥がつんとする。


付き添いとはいえ子どもじゃあるまいし、「チックンするけど泣くなよ〜」と同居人を見送ったあとは会場の入り口近くにあるベンチに座って待った。から元気が一気に抜け落ちた。

私の今の感情は、信じない、寂しい、悔しい──どの言葉にも見合わない。信じないし、寂しいし、悔しいけれど、言葉には表せられない何かがちくちくと胸を刺している。

母との大好きな思い出が体からめりめりと剥がれていくことはわかる。難しいような、容易いような、受け売りの言葉が胸につっかえることもわかる。

説得してみよう、感情に訴えかけてみよう、冷やかしてやろう──どれも違う気がする。お母さんはピュアで、おっとりしていて、かわいらしい人だから、弱くて、離れ離れだから、私には何もできない気がする。

母がそれに救われているなら、大好きだから、それぞれの人生というものが、これから先も多分続いていくだろうから、返事をしないまま、メールを閉じることしかできない。


夜、同居人は「腕が上がんないかも!」と得意げに言ってみせて、何度も腕を回していた。シャウエンは、私が「ごはん?」と聞くと「アッアー!」と鳴いた。

私にとっての本当のことは、ただそれだけで、大好きだから、幸せだから、一緒にいたいから、ただそれだけでしか生きていけない。それでいいと思っている。