「カフェでもやろうかなあ、接客がいやだけど」
とにかくやることがない昼下がり、とにかくやることがなさすぎて、寝っ転がりながら戯言を並べていた。同居人とシャウエンもまた、とにかくやることがなさそうで、「あ〜」と無責任な合いの手を入れる。
「……あ、リサイクルショップでもいいなあ。その辺で拾ったものを売ればいいし、楽そうだし」
実に無知な発言だが、「道楽で商売したい」をテーマに空想をして暇をつぶしているだけである。よくもまあこれほどまでに、いい加減なことを言えるなあと、我ながら感心する。
「ね、リサイクルショップ、いいでしょ!」
適当に相槌を打っていた同居人がゲームの手を止め、少し考えてから、「リサイクルショップは無理だよ、買い取りの査定ができなきゃ」と、もっともらしいことを言った。
確かに、とは思ったが、「言われたままの値段で買い取るよ」と、商売のしの字もない口ぶりで開き直る。すると同居人は何かを思い出した様子で、「それじゃお前、服売りつけられたときと一緒じゃん」と笑った。
ぽかんとする私に、同居人は笑いをこらえながら、「なんだっけ、十何歳のときの、バカなやつ」と言う。私はその「十何歳のときの、バカなやつ」が何のことかすぐにわかり、「あぁ〜……」としなだれたあと、一席を設けるように座り直した。
──それは16歳、私がギャルとしての全盛を誇っていたころの話。髪がちぎれるほどにブリーチをして、週に一度は日焼けサロンで肌を焼き、首から下に布をほとんどまとっていなかったころの話。
半年で高校をやめて、「JKじゃなくなったから」と彼氏に振られて、勤めていた工場をバックれてから1年くらいたったある夏の午後、毎日休みで、やることがなくて、地元の駅の周辺を一人でぷらぷらと歩いていた日のことだった。
腕には駅前の商店街で買った、ギャル雑誌のモデルが着ているブランドの服、を模倣した2000円くらいの服の袋をさげていた。数日後の海へ行くとき用の服を買って、とてもウキウキしていた。
このとき、財布には帰りのバス賃くらいしか残ってなかった。働いていないからお金がないのに、やることがなさすぎて服を買ってしまったのだ。
この状況では家に帰る他ないが、親には「仕事をしている」と嘘をついている手前、夕方までは家に帰れない。友達は仕事中か授業中、または育児中。とにかくやることがない、プチ・ピンチの真っ只中であった。
どうしたものかと速度を落として歩いてみるが、何も変わらない。ベンチでひと休みしている婆さんの隣に座ってみても、eggやRanzukiにスナップを撮られない。
なぜなのか。私は今、16歳、ピチピチのギャルなのに。ダサい町のダサい商店街に、16歳、ピチピチのギャルの生足が右、左と交互に放り出されているのに。
お金がない、つまらない、とにかくやることがない。eggとRanzukiの関係者がいるであろう街へ行く勇気もない。悶々としながら、時間を潰すためだけに商店街を牛歩で歩いているときだった。
「ハーイ、ギャルチャーン」
振り向くと、外国人の男性がこちらに向かって手を招いている。その男性が、いわゆる「B系」の服を扱っているショップの店員であることは一目でわかった。
商店街にはB系のショップがいくつかある。イキってる中高生や、その辺の洋品店で買ったであろうB系まがいの帽子をかぶった爺さんに、店員がしつこく声を掛ける姿は、この商店街では見慣れた光景だった。
昔からこの手の店には「その日によって値段が違う」「偽物をつかまされた」などの噂があった。声をかけられて足を止めるのは昨日眉毛を剃った中学1年生か話し相手が欲しい老人くらいで、大抵の人は適当にあしらって通り過ぎる。
私もいつもなら会釈をして通り過ぎるが、なんせやることがなかったこの日はつい足を止めてしまった。「カワイイネー」なんて言われて、「さすが、見る目があるなあ」とも思った。
「服イッパイ、似合ウ、カワイイ、イッパイ」
店先でちょっと立ち話をする程度のつもりで立ち止まったが、店員は中へ入るよう促す。今さっき服を買ったばかりだからと腕にさげた袋を見せるが、「イッパイ、似合ウ、ギャルチャーン」と食い下がる。
まあ暇だし、店内の様子が気にならないでもない。「んー……わかった、見るだけだからね!」と言って、ついて行く素振りを見せると、店員はラッパーやスケーターがやるような複雑なハンドシェイクを私に求めた。
店は2階にあり、6畳ほどの店内の壁には服とアーティストのポスターが所狭しと掛けられていた。元彼が好んで聞いていたような外国のHIP-HOPの重低音と、車の芳香剤のような匂いに酔いそうになる。
店員は店に入ると、私が上手にできなかった複雑なハンドシェイクをもう一人の店員と軽く交わし、店内をざっと見回すと、5、6着のTシャツとキャップを手に取った。
「……フゥーン」
私の体に次々とTシャツを合わせ、頭にキャップをかぶせる店員。「良い」とも「悪い」とも言っていないのに、4着、3着……と選別されていく。私と店員は店に入ってから一言も喋っていない。
選び抜かれたのは緑色のTシャツと薄ピンク色のキャップだった。店員は私をけしかけるように「カワイイ〜、OK?」と微笑み、もう一人の店員が暇そうに座っているレジらしき台のほうへと導く。
マネキンと化していた私は、「カワイイ〜、OK……?」と微笑み返しそうになったが、ふと我にかえり、「えっ、違うよ、買わない! お金ない!」と必死にアピールした。もう一人の店員の目がジロリとこちらに向く。
店員はTシャツとキャップのタグを見せながら、「ダイジョブ」と再び微笑んだ。1万5000円と8000円、ダイジョブなはずがない。私の財布には帰りのバス賃の250円しかない。
必死に「ノー! ノーです!」とアピールする私に、店員は「しょうがないなあ」といった表情で電卓を取り出し、10000と5000という数字を交互に見せた。そういうことではない、値下げしてもらったところで買えないのだ。
例えこのまま粘って200円と50円にまで値下げしてもらったとしても、そのころには日が2、3回は暮れている。そしてバスで30分の道を歩いて帰ることになる。私はカバンから財布を取り出し、お金がないことを恥ずかしげもなくアピールした。
「ね、ないの。だからごめんなさい、買わない!」
「買ワナイ?」
「そう、買わない、いや、買えないの!」
「……ATM」
「えっ」
「ATM! 2マンエン」
「えっ、えっ」
「レッツゴー」
ふと気付いたときには、店員が見守るなか店の下のコンビニにあるATMから2枚のピン札を引き出していた。Tシャツとキャップが入った紙袋を腕にさげ、商店街に佇んでいた。とにかく早く家に帰ることにした。
「そのTシャツとキャップ、めっちゃ着倒したなあ、元を取りたくて」
緑色のTシャツを着たギャルのプリクラを見ながら、懐古の表情を浮かべる。同居人は「何回聞いてもバカだな」と、ケラケラ笑った。リサイクルショップはやめておくことにした。